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タイトル アートコレクション展

『絵はぼくを思索に誘う』  山下 透

アートコレクション展 砂丘館

1、初めてのコレクション展

 「初めての個人コレクション展である。いままでもコレクション展開催の機会はあったのだが、余り乗り気にならなかった。収集した美術品を人目にさらす行為がいかにも自慢げで、私の性に合わなかったからだ。しかし、今回は、ふとその気になった。何故か。一つには、人間的にも尊敬できる大倉宏氏からのお誘いであったからだ。もう一つは妻を亡くし、自らも癌を患い、一人暮らしも手伝って、聊か厭世気分が強まった数年間であったのだが、このところ体調も回復し、今年は気分転換の年と決めたばかりであった。そして六十歳代半ば、そんな節目の年に人生を振り返ってみるのも悪くはない、そう思ったのである。

砂丘館 大倉氏と

そんな時、大倉さんから新潟砂丘館でのコレクション展のお話があった。大倉さんは元新潟市美術館の学芸員であり、美術評論家、そしてNPO型画廊新潟絵屋の代表でもある。この五月、新潟から夜行バスで上京してきた大倉さんとお会いした。大倉さんとは、新潟絵屋&アートNPO推進ネットワークのコラボレーション展覧会を企画した仲でもあり、久しぶりの再会に話が弾んだが、早速、コレクション展の計画概要を伺い、開催期日や出品作品についての打ち合わせに入ったという訳である。

2、何故、絵など買うようになったのだろう

 私が本格的に絵を買うようになって、もう三十年を超える。何故、絵など買うようになったのだろう。昭和四十年代前半に損保業界に入り、高度経済成長時代を生きて来た。仕事は充実感もあり、概ね満足できる会社人生であったが、私の心の隅には、もう一つの自分の世界を築きたい願望のようなものが常にあった。そんな頃、日本橋の勤務先会社から直ぐのところにあったブリヂストン美術館で、ジョルジュ・ルオーの『郊外のキリスト』を見た。描かれているのは、貧しい場末の風景のなかに佇む三人の人影、キリストと子供たちつまり私たち人間の姿だ。寂しそうな風景だが、肩寄せ合う三人の辺りだけがあたたかい。そこにあるのは、アカデミックな宗教画が描いてきた栄光のキリスト像ではなく、貧しき人々に寄り添う人間キリストの姿であった。この絵は私の心に沁みた。この感動をきっかけに、私はルオーにこだわり、『ミゼレーレ』や『パッション』『流れる星のサーカス』などルオーの版画作品をコレクションしてきた。

私はここ数年、毎年のようにN・Yに旅しているが、楽しみの一つはMOMA(ニューヨーク近代美術館)でジャコメッティやマーク・ロスコなどの近・現代美術を見ることである。元々、初期に海外のコンテンポラリーアートを見る機会が多かったこともあり、抽象絵画を中心とした現代美術が好きである。そんな訳で、ルオー作品と併行して購入してきたのが現代美術であった。初期のコレクションはハワード・ホジキン、ジャン・シャルル・ブレ、マックス・ノイマン、サム・フランシス、アントニ・タピエス、など海外のコンテンポラリー作品であったが、次第に小野木学、菅井汲、白髪一雄、松田正平、李禹煥、草間彌生、山田正亮、マコト・フジムラ、岡村桂三郎など国内作家に広がりを見せてきた。2002年に『アートNPO推進ネットワーク』を立ち上げてからは、目立たないが、いい作品を制作し続ける中堅・若手作家の作品を購入してきた。早川俊二、半田強、山内龍雄、野坂徹夫、三浦逸雄、岸田淳平、横田海、前田昌良、森本秀樹などである。

これらの作品のなかで、今回のコレクション展への出品作を何にするか・・。当初は、新潟という土地柄を考え、海外作家や抽象作品は外し、日本の現代作家の具象作品に限定するつもりであった。しかし考え直し、具象・抽象にこだわらず、かつ私のコレクションの原点ともいえるルオー版画も加えることとしたのだが、結果的に展覧会は好評であった。選んだ作品四十点のプロ写真家による撮影、作家及び作品の紹介文章作り、作品運送手配など、思った以上に大変な作業であったが、どうにか準備を終えた。こうして、七月十七日、特に貴重な作品十数点を愛車に載せて、アシスタントのA子さんと二人、片道三百五十キロの道のりを新潟に向かった。砂丘館は元日本銀行新潟支店長の邸宅である。新潟市が所有するこの昭和初期の建物では、現在、各種芸術・文化活動が行われているが、その館長を務めるのが大倉さんである。この日、大倉さんとA子さんと私は汗をかきながら全作品の梱包を解き、展示したのであるが、洋間、居間、座敷、奥座敷、蔵など夫々に相応しい作品を即座に選び、次々壁に掛けていく大倉さんの手際いい行動に感心してしまった。

3、砂丘館に溶け込むコレクション作品たち  

 会期が始まって三日目の二五日(土)はギャラリートークの日、あらためて砂丘館全体と我がコレクション作品をじっくり鑑賞することとした。砂丘館はその名の通り新潟砂丘の上にある。明治以後お屋敷町として開発されたこの界隈には、今も幾つか洋館などが残りハイカラな雰囲気を漂わせている。門を入ると車寄せの前庭には立派な枝ぶりの百日紅があり、左手のカーブを描く縁石の脇には地元作家の陶オブジェがどっしりと置かれている。純和風の正面玄関の脇には、『絵は僕を思索に誘う・・山下透コレクション』の看板が立つ。ちょっと気恥かしくもあるが、しみじみ嬉しさがこみ上げる。

 この玄関から三和土に上がり、靴を脱いで左手に入ると、この館の主が訪問客と応対したであろう、ゆったりとした洋間の応接室がある。ここには、まず、岡村桂三郎の夢を喰う中国の想像上の動物「獏」を描いた作品と、集治千晶のニューメキシコの底抜けに明るいお墓をイメージした版画「ハッピー・セメタリー」が掛けられている。「獏」は焼け焦がしたボードに岩絵の具で描いた作品であるが、壁にしっくり納まっている。この応接室の奥には砂丘館の受付を兼ねた書斎があり、草間彌生の油彩「かぼちゃ」と初期版画「靴を履いて野に行こう」が並ぶ。不思議なことに、その古い壁に黒と黄色が鮮烈な「かぼちゃ」の油彩、桃色や緑色・紫色といった極彩色の版画作品が違和感なく溶け込んでいる。ここから奥には幾つもの和室が続くが、すぐ右手の控えの間には、李禹煥の和紙に墨の現代美術「島より」と、戦後の日本人作家として世界の舞台で活躍した第一人者菅井汲の初期版画「果てしない探究」が掛けられている。

 ここから廊下を進んだ左手は和風庭園を前にした二十畳近い座敷であるが、ここはさながらコンテンポラリーアートの部屋といった趣である。まず目にはいるのが、床の間に飾られた李禹煥の油彩「コレスポンデンス(照応)」と、その手前に置かれた流政之の石彫「もどりバチ」である。「照応」は仏・独などヨーロッパを中心に活躍する “もの派 ”作家李禹煥の照応シリーズの初期作品であるが、静寂かつ力強い墨のストロークが床の間の空間に浮いて、余白の美をかたち作っている。そして、NY貿易センタービルのシンボルとして制作した「雲の砦」で国際的評価を得た流政之の石彫「もどりバチ」が屹立している。これは女性のふとももの間の空間を実体化した影の彫刻でもあるが、凛とした姿の何と美しいことか。

 そして、この部屋中央には、日本のアクションペインティングの先駆け、白髪一雄の画面いっぱいに絵の具が渦巻く油彩小品と、戦後の混沌の時代を生きた山田正亮の精神的な彷徨の中から生み出されたストライプ作品が向き合って並ぶ。山田作品の横縞のラインと、左手のよしず戸のすだれ部分が共鳴し合って面白い。部屋の奥の壁には、濃い群青の色彩の中から幾何学的形状が浮き上がる小野木学の美しい抽象「ランドスケープ」が掛けられている。右隣の茶の間を飾るのは、見る者を神話的世界に引きずり込む山口啓介の大型版画「胞子を蒔く船」と浜田知明の風化する街を描いた「ある風景」である。そして、廊下突き当たりの奥座敷の床の間には、軽妙で洒脱な線とフォルムが粋な松田正平の臥牛に跨る明王を描いた「大威徳明王」と、岸田淳平の墨・染料・岩絵の具で愁いを含んだ女を描いた「マリオネット」、次の間には、上野泰郎の現代のイコン「よき訪れ」が飾られている。

新潟 砂丘館

 不思議なことに、どの作品も砂丘館の雰囲気に溶け込んで、李禹煥などの抽象作品も和室の床の間にしっくり収まっている。多分、ここを訪ねる鑑賞者の目に入るのはまず建物であり、蔵の梁であり、部屋の佇まいであって、その上で空間と一体になった作品を見ることになる。だから、ここでの作品鑑賞は、作品一点一点の善し悪しだけではなく、作品を包む空気・空間を一緒に楽しむことに意味があるのだと思う。しかも、この砂丘館はまさに生活空間そのもの、美術館や画廊のようなスペースで畏まって鑑賞するのと違って、居間や座敷といった日常生活空間の中で美術を体験できるところに価値があるのである。

4、ルオー作品とバッハの無伴奏チェロ組曲  

 砂丘館の最も奥まったところは蔵である。一階はギャラリースペースに内装され、常々絵画展示やジャズ演奏などが行われているのだそうだ。ここに現代作家たちの作品が展示されている。独特のマチエールが美しい早川俊二、諧謔的ユーモアある作品の半田強、北海道厚岸の孤高の作家山内龍雄、透明感ある水彩が素晴らしい野坂徹夫、内面化された空間表現の三浦逸雄、力強い線が魅力の横田海や、上野憲男、平澤重信、森本秀樹、中佐藤滋、浅見哲一、呉亜沙などの作品が、いい雰囲気を醸し出している。私の鑑識眼が正しければ、いずれも、今後の活躍が必至な作家たちである。

新潟 砂丘館

 蔵の二階から静かにバロック音楽が流れてくる。右手の荒川修作「ボンジュール・ピカソ」を見ながら階段を上がると、そこはまさしくルオーの部屋であった。流れる曲はバロックのチェロ曲。これは大倉さんの提案で私が持ち込んだパブロ・カザルス演奏の、バッハの 無伴奏チェロ組曲 であるが、蔵の天井を支える太い梁の下に並ぶルオー作品に囲まれて聞くバッハは、また格別である。最近、ルオーを語る人が少なくなったが、物質文明を享受する現代人には理解され難いのだろうか。ルオーの作品は一見暗いが、人間の本質を抉りかつ宗教的優しさを持って描いた精神性溢れる世界である。

 展示したルオー作品は、哀しげな表情の道化師を描いた『流れる星のサーカス』の「ピエロ」や、『パッション(受難)』の「この人を見よ」、そして、歴史的名作版画集『ミゼレーレ(憐れみたまえ)』の中の数点、「母たちに忌み嫌われる戦争」、「とこしえの悩みの古き場末に」、「深き淵より」、「正義の人は白檀の木のごとく」である。来館者の何人もの方がルオー作品への感想を残しているが、それぞれの心にしみじみ響いたのであろう、嬉しい限りだ。二階には、この他、浜田知明の「座像」や前田昌良の「変わりやすい気分」などの立体、マコト・フジムラの「贖い(あがない)のふた」が展示されている。

5、大倉さんのコメント“深い静謐感”に感謝 

 今回のコレクション展リーフレットへの大倉さんのコメントは大変嬉しいものであった。「・・山下さんの絵画コレクションに触れるのは初めて・・。・・感じる印象を言葉にすれば、“深い静謐感 ”とも言うべきものが共通して感じられる。個々の作り手の声である絵が繋がり、重なって、それらを見、感じたもうひとりの“見手 ”の感性がホログラムのように浮かび上がる。テーマでなく個人の目で、心で集められたコレクションの味わいだと思う。」

 私のコレクションに流れるものを深い静謐感と感じていただいたことは嬉しいことである。しかし、それ以上に嬉しいのは、どの作品にも “見手 ”つまり私の感性が共通して感じられると評価していただいたことである。確かに私のコレクションには、既に評価の定まっている物故作家の作品を蒐集するとか、特定作家の作品を体系的に蒐集するなどのテーマはない。著名作家の人気作品が市場に出ようが、画廊主から流行作家のものを勧められようが飛びつくことはないし、オークションで割安作品を探すこともない。有名作家か無名作家かに関わらず、或いは人がどう評価しようが影響されることはない。一貫しているのは、私の心に響く作品であるかどうかだけである。だから、大倉さんから「心で集めれたコレクションの味わいだと思う」と評していただいたことは、実に嬉しい。

 展覧会リーフレットに『好きな絵に囲まれ思索する、至福のひととき』と書いたが、私にとっての絵画コレクションとは “心の贅沢と知的な冒険 ”であり、 “人生探求の旅 ”なのかも知れない。好きな絵も表面的な美しさより、知的で深い精神性を感じさせる絵に魅かれる。ルオー作品など、まさにそういう絵の一つ。絵の見方も目に見えるものを見るというより、絵全体をつつむ空気を感じたり、その背後に流れるものを見ることを楽しみにしている。そして、“絵を見る ”とは“絵を読む ”こと、“絵を読む ”とは“思索すること ”、更に言うなら“本当の自分と向き合うこと ”であり、“人間や人生について考えること ”に他ならないと思うのである。だから、私のコレクションは、私の生きざま、人生観、感性が滲み、反映したものである訳で、私の人生そのものである。仮に私のコレクションに価値があるとするなら、私という人間が見えるということなのかもしれない。

6、大倉さんなど新たな友人たちとの一期一会  

 “やってよかった ”・・展覧会を終えての感想である。大倉さんからも、「とてもいい展覧会でした」と言っていただいた。しかし、展覧会の成功以上に嬉しかったのは、いくつかの出会いと感動があったことである。特に、この展覧会を進めるなかで、改めて大倉さんの人間としての見識、ひたむきさ、誠実さを知ったことである。 “水と土の芸術祭 ”の作品巡回バスツアーにお誘いいただき、ご一緒した時に感じた美術への熱き思い、今話題の北川フラム氏への訳知り顔の批判についても安易に迎合しない見識、或いは砂丘館を訪れる人々などへの謙虚な対応など、頭の下がることが多かった。特に、水と土の芸術祭の前夜祭の折、雨に濡れながら盆踊りを踊り続ける大倉さんの姿が今も脳裏に焼きついている。東京に戻り、大倉さんの著書『東京ノイズ』を拾い読みしたのだが、エッセイ『雪』の中に、降りしきる雪のなかで、敬愛する郷里の作家佐藤哲三の傑作「みぞれ」に思いを馳せながら、「・・人間にとっては過酷な季節や天候も、世界のもうひとつの側から見れば祝祭ではないか・・」と思索するシーンがある。私は、全身びしょ濡れになりながらも踊り続ける大倉さんの姿に、降りしきる雨も祝祭と受容する懐の深さとその生きざまを感じたのであるが、勿論これは私の勝手な想像である。いずれにせよ、こうして私と大倉さんは、この夏、間違いなく一期一会のよきひとときを持ったと思うのである。これはコレクション展成功のこと以上に意味のある出来事であった。

 その他、私にわざわざ会いにきていただいた方々、東京都歴史文化(財)のK・仲山さん、信楽園病院のT・野田さん、新潟のT・佐藤さん、二次会でルオーを語り合ったS・吉川さんなどとの出会いもよき思い出である。美術を通して触れ合った一期一会のひとときであったと思う。その他、東京から展覧会に駆けつけていただいた方々、感想を残していただいた方々にも感謝に堪えない。

 さて、先日、大倉さんがアスクエア神田ギャラリーの伊藤厚美さんに宛てた手紙を拝見させていただいた。その中に嬉しい一節があったので、最後に(大倉さんのご了解も得て)書き記したい。・・・ 「山下さんのコレクション展は自分で企画してこう書くのも変ですが、不思議に深い感動を与えられる展覧会でした。それは個々の作品が与える感動だけでなく、一つ一つの作品と山下さんがとても丁寧な出会い方をされている、その出会いの純度、静かさ、深さから受ける感動だったのではないかと今改めて考えてみているところです。」・・・大倉さん、感謝!

新潟 砂丘館