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冊子 アート市民たち

 『 画家の立場から 』       藤岡泠子 

                                      

Ⅱ巻頭寄稿・・市民派アート活動にエールを

 2003年、韓国で開催されたリ・ウーハンの回顧展を観るツアーに参加しました。当時、友人の家でみた彼の若い頃の数点の素描が頭を離れず、初期の仕事をみたいと思っていました。8人のこじんまりとしたツアーで、そこに山下氏も参加しておられ、美術館、画廊巡り、作家訪問、おいしい韓国料理と贅沢な三日間を過ごしました。その山下氏がアートNPOの活動をしておられることを知りました。活動の主旨をうかがっても描く立場にいる者として今ひとつピンときませんでしたが、コレクター達の展覧会に参加してみて、会員の方それぞれがそれぞれの形で参加され、ひとつの運動を盛り上げておられる様子は実に楽しそうでした。特に独学で絵を学んだり、団体に所属することなく独自の世界に挑戦しつづける画家たちに注目する、その視点に新鮮なものを感じました。私の見る展覧会はほとんどが知っている人たち中心でかなり狭い範囲に限られていて、絵を楽しむというより仕事の一部になっている気がしています。若い時は好き、嫌い、で見ている事が多かったと思いますが、年と共に別の見方ができるようになったとはいえ、まだ自分の枠の中で見ている事が多いと感じました。

 私は絵を描いていますが、画家といえるのかどうか疑わしいと思っています。知り合いの年配の女流画家に「絵で生計をたてていて始めて画家といえるのです。貴女のようにご主人に生活をみてもらっているようでは、ただ趣味の人ですよ」と言はれ続けています。確かに一理ありますが、絵が売れるという事は、いい絵だからとは限らないと思います。「いい絵とは?」となるとこれも難しい事です。描く側と見る側との心が響きあったとき、見る人にとってその作品は好きないい絵となるのだと思います。アートNPOの活動の根底は、ここの所を大事にしているのだと思います。

 

 大学、大学院と美術系の大学を卒業して、私がフランスへ渡ったのは26才の時でした。当時としては微妙な年頃でしたので、両親の反対も強くかなりの決心で出かけました。まず驚いたのは空気が澄んでいる事、物の見え方がまるで違うのでした。そして日本ではさほど気にならなかった自分が女である事を、常に認識していなければならない事でした。これはとても煩わしく疲れる事でした。緊張を続ける自信もなく、1年で帰国する決心を早々にして、見る、吸収するに徹し、パリを拠点にあちこち歩きました。帰国後、家庭に入り札幌で10年、澄んだ空気の中、常に自然を身近に感じて過ごしました。中央画壇の動きも全く耳に入らずのこの時期は自分の心の中をみつめる貴重な時だったような気がします。今も年1度は北海道を訪れ、自然の中に身を置き同化していく・・・風の音がきこえ、雪の降る音がする、氷がきしむ・・・・自分の心に響く自然の息ずかいを表現したいと思っています。そして見る人の心の中で又大きく世界が広がっていく、そういう作品が描けたならと思います。

 作品を制作する者と鑑賞者、立場は違いますが、共に美術を愛する者として、いいお付き合いができることを楽しみにしております。

                                            

(画家 国画会会員 )

 

Ⅱ巻頭寄稿