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冊子 アート市民たち

『魂を世話すること』         佐藤よりこ

Ⅱ巻頭寄稿・・市民派アート活動にエールを

佐藤よりこ氏

  私が初めて山下さんとお話させていただきましたのは、ある方の個展のオープニングパーティで、共通の知人にご紹介いただいてのことであったと思います。ニコニコとお話なさる山下さんが市民派アートコレクターズクラブを主催され、精力的に様々な活動をなさっておられることを知ったのはずっと後のことでしたが、穏やかなお話ぶりの中にも、芸術に対する並々ならぬ情熱をお持ちでいらっしゃることに感じ入った思い出があります。後に、活動の内容をお聞きし、まさに芸術へのその真摯な情熱が、コレクター活動を個人のものとして留めるだけではなく、多くの方々と手を取り合いながら社会的な活動へと展開されておられるパワーの源なのだろうと思い至りました。

 

 私もまた、エコール・デュ・ルーヴル(ルーヴル美術館付属大学)ならびにルーヴル美術館研修での体験から、優れた芸術が感動をもたらし自らの精神を豊かに高めてくれる存在として、また本来直観でしか捉えられない形而上的「世界」を眼前に知らしめてくれる存在としてたいへん重要であること、そしてまたその深い意味を探ることが人生の大きな喜びに繋がることを日本の皆さまにお伝えしたいと長年考えてまいりました。その過程の中で、私は「Facciamo la filosofia—魂を世話する会—」という集まりを主催し、西洋芸術の本質に迫ることそして自らの思索を深めることを目的として、おおよそ2700年間続いている西洋美術の長い歴史を、古代ギリシャを出発点として網羅していく講義を行っております。それは、西洋芸術の本質をつかむためには、19世紀を中心とするあまりにも偏った芸術観や展覧会の在り方を超えて、古い時代とりわけ西洋芸術のクラッシックとされる時代を知っていただきたいという思いがあったからなのですが、私のその考えに山下さんはたいへんご興味をお持ち下さり、以後積極的にご参加下さることとなりました。今では、われらが仲間と共にとても楽しい時間を共有させていただいております。

 さて、芸術というものは感覚的なものであって、芸術家は感覚で動く人間であり、芸術作品は感覚的に制作されたものだという考えは現代の日本における一般的な考え方かもしれません。しかし、西洋芸術の長い歴史を振り返りますと、つねに個人の存在だけに帰される感覚的存在としての芸術観は、実は19世紀後半以降のわずか100年ほど前からの傾向であると言えるのです。かつての芸術はもっともっと社会的な存在、社会との密接な関係のもとに存在していたものであり、社会的背景を考えることなしには成り立たないものでした。逆に言えば、社会的背景は、その作品にまつわる技術的・造形的・精神的要素それらすべての母体としてあらゆる側面に影響を及ぼしているわけで、それらを知ることなしには作品の深さに到達するのは難しいということになります。

 

 ただ、芸術を感覚的に享受する喜びは、もちろんどんな時代の作品においても第一義的なものですが、美術史という学問のほんとうの面白さは、やはり精神的要素に思いを馳せることの中にあると私は考えています。図像的・描写的・造形的分析(主題、様式、技術、素材、モチーフなどの分析)何時、どんな時代に、どこで、誰が創ったのか、何の目的で、一体誰のために、どんな方法で、どんな素材を使って、どんなプロセスを踏んで、どれくらいの時間をかけて、何が描かれ、何を描こうとしたのか、そういった具体的なデーターや知識を得ることは芸術を学ぶ上での基礎的なことでしかありません。それらは、実は作品を理解するためのほんのわずかな手がかりでしかないものであって、大事なのは「見えているもの」の奥にある「心に感じるもの」なのです。それこそが作品のもつ「魂」と言っていいものであり、その「魂」のもつ深い思索に思いを馳せてこそ、ほんとうの面白さを得ることが出来るのではないかと思います。

 芸術はまた、大きなうねりを伴った時代の流れの中において人類が求めてきた価値あるものとは何であるのかということ、そういったことをも知らしめてくれる存在です。さらには、そういった作品に巡り会いそれについて深く思索することが、自分のほんとうに好きなものを知らしめ、ひいては自分自身を知らしめてくれるということだろうと思います。ソクラテスは、「魂の世話をすること」とは「自分自身を大切にすること」であると言います。まず自分を知ること、そこからすべてが始まるのだとソクラテスは言いますが、自分で自分のことを知ることはとても難しいことです。自分を知るためには、自分と他者との関係を、自分と自分を取り巻く「世界」との関係を考えてみること、そうしたことが必要です。

 その意味において、哲学とともに芸術は、何より自分と自分を取り巻く「世界」との関係について深い思索を巡らせた人々の精神の軌跡であると言えるでしょう。それはこの現実世界の中で、目に見えない「心」あるいは「魂」のすがたに触れていて、それを具体的に知らしめてくれる極めて重要な存在です。そこからは、「人間とは何か」という普遍にして永遠の問い掛けへの答えが得られるような気がいたします。

                          

 (西洋美術史家)

      

Ⅱ巻頭寄稿