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冊子 アート市民たち

『 消費と美術 』          伊藤厚美

Ⅱ巻頭寄稿・・市民派アート活動にエールを

 少しばかり肌寒さを覚えた朝、急ぎ足でその会場に向かった。何をさておいても、その絵を見なければ・・・、混み合う前に。広いスペースに小さな絵が一点、乳白色の背景を持つその絵は確かな輝きを放っていた。「光の質量」が違うのだ。「牛乳を注ぐ女」、17世紀のオランダの画家ヨハネス・フェルメールの初期の傑作だ。印刷物で繰り返し見てきたものの、実物を見るのは初めてだ。近づいたり、離れたり、ポジションを変え、何度も見ていた。やがて辺りは、その絵を間近に見るための長蛇の列ができていた。会場では、同時に17世紀の「オランダの風俗画展」を開催。大海を支配、江戸時代初期に日本との通商を開いたオランダの17世紀前半は未曾有の好景気を実現していたという。そこで新たな富裕層が登場、絵画の世界にも大きな影響を与えていた。チューリップの球根が投機の対象になったのもこの時代だ。そういう背景を知って、風俗画を見ると見えてくるものがある。異国の、しかも数百年も前の時代を捉えたこれらの絵は、我々から見れば遠い昔話のように見える。しかしそれらはその時代の、まさに「現代」を描いた作品なのだ。所謂教会や王侯貴族ではなく、市民が絵画のパトロンと成りえた時代の登場である。その後ヨーロッパにおいては、18世紀に起きた産業革命の波が広がり、本格的な市民の時代が訪れる。そして、19世紀中頃には豊な市民社会、「消費革命」の登場をみる。その中で、美術はいろいろな形で市民生活に組み込まれ、浸透してきた。

 わが国においても江戸時代、17世紀には浮世絵という市民生活を捉えた風俗画が登場している。しかしながら、明治以降の欧化政策、第2次大戦後のアメリカによる占領政策以降、「欧米的近代化」が目標であり、その生活スタイル、思想の模倣を繰り返し行なってきた。そこでは市民生活に根付いたかたちの美術は広まっていかなかったように思う。その日本が豊かさを求める「消費革命」を迎えたのはおそらく1970年代であろう。そのころ、私はデパートの美術画廊に就職した。

 デパートに勤めるようになって、「売り絵」という言葉を耳にするようになった。それに対して「出品画」という言葉も知った。それは、公募展などに出す作品を指し、大作で、売る対象ではない、純粋に創作したものということだろうか。この安直な二重構造は、お客様に対し不誠実な言葉にも聞こえ、違和感を覚えた。しかし、買い易いものを意図的につくり出したとも言える。売り絵と言われているものは、部屋の調度品、「飾り絵」であった。美術の持つ精神性ということが購買の基準にはならない。結果、売られている多くは、時代精神というものと離れてしまい、旧態依然のものであった。20世紀初頭以来、そのデパートが美術品を広め、売る主要な場所であったことは問題であったのではないか。つまり、美術品が単に商品として広まっていても、美術の本質のコミュニケーションが一向に深まらない。モノの普及が精神の普及には繋がらないということだ。

 ブルジョワジーの台頭により、美術が市民生活に組み込まれてきた欧米では、貴族文化の所産、所謂サロン形式を模倣する形で広まってきた。サロンは社交の場であり、芸術は政治、文学と共にその主要なテーマであった。それは、初期においては特定の階層の出来事であったかもしれないが、その階層の在り様が雛形となり市民層に拡がったと考えられる。そして、美術がパブリックなものとなる道が開けたのではないか。

 消費時代が熟してきた1980年代後半、この国のあのバブル期、美術品の売り上げは一気に登り詰めた。それは、値上がり期待の投機的な動きが主要であったかもしれないが、消費を通じ贅沢な暮らしを手にしようとした結果でもあった。そして、崩壊後その動きは急速に失速した。しかし、バブルの崩壊は精神的な価値を考えさせる機会となったのではないか。時代の歩みは直線的には進まない。「私たちはなぜ生きているのか。何をしたいのか?」というような根本的な命題を多くの人が考える時期に来ているのではないか。

 現在、市民的な活動は次第に活発となってきている。その大きなエネルギー源として大量に登場するリタイア世代、つまり団塊世代のことをさしているのだが、彼等の行動が注目されている。なぜならば、消費時代に社会人となり、生活の基礎的な消費に一応の目途を立て、これからは自らの趣味嗜好によって行動しようとしている彼等は、消費社会に大きな影響を与える事が考えられるからだ。一般に「生産」と「消費」という言葉を眺めた時、生産はプラス、消費はマイナスという感覚がある。「生産」の中身についてはよく考えるが、「消費」のそれについてはどうだろうか。しかし、今我々が目にする事のできる文化財は「消費」の結果でもあることに気付く必要がある。現代では多くの人が、「生産者」であり「消費者」であるが、封建時代において、支配階級は「消費者」としての存在のみであった。「消費」を追及したのである。それは何を意味しているのか、考えてみる必要がありそうだ。

 かつてのヨーロッパサロン文化は、芸術と共に多くの思想も生んできた。現代では、マスコミが思想のリーダーのように見えるが、このマスコミもマス社会の市場原理に沿って動いている事を忘れてはならない。明確な「意思」を持っているわけではないのだ。私は、目覚めた個が中心となって、小さな場が数多く生まれてくる社会、そういったイメージを持っている。その場とは、現代版サロンでもある。マス社会的な受身の発想ではなく、小さいながらも発信者たる事が必要だと思う。モノが思想とともに練りこまれて、拡がっていく。その様な過程を現実のものとする事が肝要だと思う。言ってみれば草の根的な考えであるが、そういうことでなければ深さをつくり出す事はおそらく不可能であろう。

 山下さんが提唱している「アートNPO」と言う思想はまさにそういうことを示唆、啓示しているのではないか。それは、何も目に見える形、大げさな動きでなくてもよい。例えば、芸術の話題が日常のお茶やお酒のテーブルに載る、そのような事を如何に促すである。 

                

 (アスクエア神田ギャラリー 代表)

Ⅱ巻頭寄稿