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冊子 アート市民たち

『 出会い 』           立島 惠

Ⅱ巻頭寄稿・・市民派アート活動にエールを

立島恵氏

 それはマコトフジムラとの出会いから始まったと言っても過言ではありません。 1997年当館で開催したマコトフジムラの個展にあたり作品の所蔵者であった原田俊一氏、山下透氏の紹介で多くの美術コレクターや美術愛好家と知り合うことができました。 この数々の出会いはその後の私の学芸員人生にとって極めて貴重な経験となり財産となりました。

 彼らの多くは美術作品をただ単に自らの趣味、趣向の赴くまま蒐集するということに止 まりません。蒐集に哲学を持ち、蒐集した作品やその経験を生かしアートにかかわる社会 活動を行うなど、もはや「コレクター」という言葉だけで括ることの出来ない高いこころ ざしとその姿勢を感じるものでした。

 先に触れたフジムラの個展は様々な困難を伴いました。といいますのも、97年は我が 国が「バブル景気」と言われたまやかしの経済現象が崩壊した後、社会全体がその後遺症 からなかなか立ち直れず、私たちアートを取り巻く状況も経済的な影響を被るだけでなく 今までの価値観や構造さえも見直す必要に迫られた時期だったからです。

 そんな中、フジムラの作品の所蔵者たちは貴重な作品を貸し出し提供するだけでなく展 覧会のための様々な支援活動も率先して行い美術館を支えてくれたのです。

もちろんこのような活動は当館だけに止まるものではなく、コレクターのネットワーク は、おそらくこの冊子の後の項で触れている、他の美術館や画廊への支援、更にはオルタナティブな場の創出とその運営にまで広がっていったのです。

 そしてその最も大きな成果のひとつとして私が紹介したいのが、これもまたこの冊子の後半で触れている「平和へのメッセージ展」(Christmas in Peace)の開催についてです。

 このイベントもまたフジムラの提唱によりスタートしたものでした。

 フジムラはニューヨークに在住していたため、あの911の大惨事を目の当たりにし自 らも被害者となりました。そしてその極めて辛い体験のなかから芸術家として今何が出来 るのかを自らに問うたひとつの結論が911により精神的にダメージを受けた市民をサポ ートする活動「トライベッカテンポラリー」(註)でした。このフジムラの活動に感銘を 受けた私たち日本の美術にかかわる有志とフジムラにより考えられたのがこの平和を願う プロジェクトだったのです。

 「平和へのメッセージ展」は当初佐藤美術館のみでの開催を予定していましたが予想を はるかに上回る多くの人びとの協力を得ることが出来、最終的には当館を含む3会場での チャリティー展、シンポジウムそして音楽イベント(クリスマスコンサート)にまで広が ってゆきました。画家、ミュージシャン、コレクター、ギャラリスト、学芸員そして一般 から募ったたくさんのボランティアスタッフにより運営されたこのイベントの来場者は4000名を超え、その売り上げはプロジェクト終了後ユネスコに寄附されました。

 しかしこのイベントの本当の成果は「平和への願い」をこの事業にかかわった全員が共 有できたということにあると私は思うのです。

 アートは見て接して楽しむだけのものではない。つくる側と見る側の単純な関係だけで はないということ。つまりさまざまな立場、多くの人びとが有機的精神のもと能動的に参 加することで新たな可能性を見いだすことができるということなのではないでしょうか。 文化芸術不毛の時代と言われ久しい昨今。しかし、本当は決してそうではなく地方の小 規模なNPOやコミュニティーなどの活動を丁寧に見てゆくと地域に根ざしたとても建設 的な素晴らしい活動がたくさん存在するのです。

 フジムラが実行したトライベッカテンポラリーもそうであったようにひとりひとりの自 覚と勇気が芸術(アート)をひいては社会全体を活性化するちからであってほしいと私は 心より願っているのです。

(佐藤美術館 学芸部長 立島 惠)

註:911直後、街のオフィスや店そしてギャラリーまでもが閉鎖されていた時期、ト ライベッカの自らのアトリエを人びとが集まり安らげる場所として解放。その後作家たち も集まり展覧会も開催されるようになり、作家と市民とによる新たなコミュニティーがつ くりあげられるきっかけとなった。

Ⅱ巻頭寄稿